今日はバレンタイン


2008.02.22
作:石山



 

今日はバレンタイン

 俺はきよひこ。下連こと祈願成就下請連合の一員だ。そもそも、連合というほど人がいるのかは怪しい。下連では、神様の代わりになって人々のささいな願いを叶えるのを仕事とする。その見返りは、人の願いをかなえた分だけ自分に返ってくる。しかしそれは、本当に気まぐれな見返りだし、あまり当てにもならない・・・。

 ところで、今日はバレンタインだ。改まって何かと思うだろうけど、どうもこういう日は苦手だ。クリスマスと同じで、バイト先の連中が浮き足立ってくる。浮き足立ってきて、君なら暇だろうとか言われて無理なシフトを組まされるのは目に見えている。というわけで、俺は今日もクリスマスと同じく、忙しくて休みという事になった。しかし、忙しくもないのに休みにしてしまうと、途端にする事もないのも確かだ。いや、下連の仕事はあるが、あれはなかなかに気も体力も使うので暇なほうがいい。

「きよひこー。頼む!」

 俺がフライドポテトを機械的に食べていると悪友の健司が目の前で手を合わせているのが目に入った。俺は、その奥に見えるミニスカートの女子高生でも見ていたい気分なんだが。

「一生のお願いだ。スイートでホットなバレンタインデーを過ごさせてくれ」
「ちょっ、声がでかいって」

 周りの迷惑も俺の羞恥心も無視をしやがって、変なことを口走る。俺にお願いするってことは、周りから見れば、ただの変な奴では済まない。

「ホモカップルとでも思われたいのか、お前は・・・」

 騒々しい店内では、男同士の会話に耳を済ませる奴などいない。いなくてよかった。もちろん、健司は俺に願いを叶えて欲しいんだろう。神様の力を使って変身した美少女か、美女となった俺が、健司と甘い夜をすごすという願いだ。

「ぜったい嫌だからな。アレは確かに気持ちいい。だがな、俺にもバレンタインデーに夢見るくらいの男の尊厳は残ってるぜ」
「忙しいってバイトを休んだくせに・・・」

 ぐさっと俺の心に健司の言葉が刺さる。まあ、慣れてはいるが、健司に言われる筋合いはない。

「ふっ。チョコレートの数なら負けないからな」

 そう、俺には義理でこそはあるがチョコレートの数は健司に勝っている。

「おばさんと美奈ちゃんの分だろ。俺がお袋の一個だけだからっていい気になるなよ」

 そんな、とても寒い会話をするうちに周りが混んできた。バレンタインデーだけあって、多数のカップルが見られる。次第に俺たちは居心地が悪くなって、自然に解散した。健司は、最後の最後で、お願いについて話してきたが、俺は一蹴した。

 

「バレンタインデーがなんだ。うう、さむっ」

 心が寒いというだけじゃなく、今日は本当に冷える。そういえば、数年来使っていたマフラーが擦り切れてきて、今日はしてなかった。たまには服屋にでもいくか。
 俺は裏通りへと入った。ここはバイト先とは遠く、1人寂しく出歩いている様子は見られない。そう、そのはずだったのに、俺は服屋の奥深くで、特徴のあるくしゃみを聞いた。

 音で表すなら、「くちゅん」だ。その主は、バイト先で最もおしゃべりな娘の安城光だった。かわいいが、俺にはちょっと扱いづらそうな。ただ、あのくしゃみは萌える。

 いや、そんな状況じゃない。あの娘に見つかったら、なんて言われるか。試着室に隠れるか、くそ、空いてない。トイレは外かよ。こんな狭い服屋に入るんじゃなかった。俺は、ダウンジャケットの陰に隠れると、そっと様子を伺った。こちらに近づいてきた瞬間、後ろを向いて抜け出そう。そう、狭いといっても見られなければOKだな。

 しかし、こんな男物の服屋に来るとは、彼氏でもいるのか? 周りにそれらしいのはいないが・・・。って、近づいてきたー。よーし、3、2、1・・・っとっとっと。す、滑った!?

「あうっ」

 俺は、あの娘の背後を抜けようとして、足元にあった踏み台に足を引っ掛けてしまった。そして、今、どうしようもない状況になっている。これで、バイト先でも真相がばれてしまい、さらには笑いものに転落だ。俺は覚悟を決めようとしたが、頭の中はぐるぐる回るばかりだった。

 そして、俺の目の前にはあの娘がいた。俺は、うろたえるばかり。

「きゃっ」

 その娘はあせったように俺の足に飛びついた。

「大丈夫大丈夫。すぐに隠してあげたから」

 事情は飲み込めた。俺のスカートの裾を引っ張ってくれていたのだ。

「あーあ、ストッキングが伝線しちゃってるね・・・」

 俺が立ち上がると、俺と同じ目線に彼女の顔が合った。いつもなら、俺の胸の辺りに顔があるというのに。そう、どうやら下連での仕事のご利益があったらしい。俺は、俺じゃなく、若い女の子になったらしい。そして、

「大丈夫ね。痛いところない?」

 彼女の言葉遣いを聞く限り、同年代くらいらしい。つまり、俺よりも若いということだ。

「お客様、大丈夫ですか」
「は、はい」

 俺は、思わず赤面してしまう。ここは、ぼろを出さないためにもオートをスイッチオンと。

「ごめんなさいごめんなさい」

 俺は急に謝りだした。そして、転んだときに落としてしまったらしい売り物の帽子を拾いはじめた。30代半ばくらいの男の店員が、大丈夫といいながら、体のことを心配してくる。またオートはぺこりと謝ると外へと出て行こうとする。そこに光もぴったりと付いてきていた。

「どこかで冷やさないと、あざになっちゃうよ」

 そういって、俺のヒザを指差した。そこは、ずきずきと痛んでいる。痛みのせいもあるが、その心遣いにオートは泣きそうになったようだ。光ちゃんは、割といい娘だな。俺として、もう身元もばれることもなく、すっかり安心モードなのだ。このまま、成り行きを見てもいいかもしれない。暇つぶしにはもってこいだろう。


 光ちゃんは、近くのファストフード店に入るように促すと、女子トイレへと俺を引き込んだ。オートは、かなり気が弱い女の子みたいで、赤面しながらされるがままにされている。光ちゃんが、少し濡らしたハンカチが俺の脚を冷やしてくる。鏡に映った自分を見て、分かった事があった。今の俺の姿は光ちゃんの同年代どころじゃなかった。女子高生か、下手をすれば女子中学生くらいだ。

「もしかして、告白?」

 光ちゃんが唐突に聞いてくる。オートはドキッとしたようだ。一体誰に告白しようというのか。

「だってほら、バレンタインデーに1人で男物の店にいるなんて、おねーさんが相談にのってあげよっか。私は安城光。あなたは?」

 脚の痛みが引いてきた。

「高田民子・・・。あの、で、でも私」
「ほーら民子ちゃん、まずはストッキング買いにいこっか。大丈夫、安い店教えてあげるから」

 有無を言わさないという感じだった。オートは完全にすくんでしまい、押し負けている。俺は、強引だなーと思う反面、やさしくしてくれる光ちゃんをちょっと見直していた。
 
 見直していたんだが・・・。俺はなぜかストッキングではなく、服の着せ替え人形になっていた。そういえば、この娘、服飾関係の専門学校に言ってるとか言ってたよな。

「やーっぱり、こっちのほうが似合うわー」
「あ、あの・・・ストッキングは」

 さすがのオートも痺れを切らしたらしい。俺は、もう少しこの育ち盛りの体の着せ替えというのを楽しんでいたい気もするが・・・。

「あ・・・。ごめんなさい。私ったら悪乗りしすぎちゃったよね。ごめんね、今度ローティーンのデザインするから、ちょっと参考にしようかなーって・・・。えへ」

 オートは、全然迷惑じゃないとか言って、必死でフォローをする。そんな自分に惚れそうだ。それにしても、この飾り気のないブラとかパンツがそそる。俺は、試着室の中で少しオートを止めて、その体を堪能することにしてみた。ちょうどいい鏡もあることだしな。

 俺の変身後の姿は、いつもながらタイプが違う魅力がある。神様の好みなのか、自分の好みなのか分からない。まあ、同じ姿になることなんてないだろうし、せっかくだから揉んでおくか。

「っつ」

 これは、揉みすぎ注意な胸だな。まだ、硬めで発展途上中っと。仕方なく、俺は体をひねってお尻を堪能する事にした。こちらは、胸と違ってかなり完成形に近い。

「デジカメあればよかった・・・」
「何か言った?」

 外から光ちゃんが声をかけてくる。俺は、帰ってから堪能することにして、オートに体を受け渡した。

「お待たせしました・・・」

 オートは本当に申し訳なさそうに試着室から出ると服を光ちゃんに返した。光ちゃんは、ささっと服を直すと元の場所へと戻した。こんな手際なら何故、服飾関係とかそんなところで働かないんだろうか。そこが謎だ。

「ねーね。まだ時間ある?」
「は、はい・・・特に用事はありません」

 光ちゃんの目が怪しく光ったように見えた。

「やーっぱり決めた。もしよかったら私の作った服着てくれない? お願い。気に入ったのをあげてもいいから。ね」

 いやいや、そんなのもらっても困るし。

「おいしいお菓子もあるよ。ね、ね。ストッキングもつけちゃう」

 オートは、心揺さぶられたようだ。光ちゃんの部屋に入れるか。それはそれで楽しそうだなぁと思うとオートに願いが通じたようで、こくりと頷いた。

 

 俺はかなり高そうなマンションにたどり着いた。家族と住んでいる様子はない。部屋の中は多くの服が溢れていた。元々広い部屋みたいなのに、クローゼットに入りきらない服が追加されたラックにかけられていた。

「わー、すっごいいっぱいですね」
「私ね。専門通ってるのよ。将来デザイナーになりたいなーとか思ってるんだけどね。あ、紅茶とココアどっちがいい?」
「ココアがいいです」

 俺は紅茶が・・・。まぁ、いいや。女の子の部屋って、美奈以外だと片手で数えられるくらいしか着てないよな。なんだか、感動してしまう。
 部屋が暖かくなってきたのでオートは上着を脱いだ。にこやかに見てくる光ちゃんの前でココアをちびちびと飲み干した。その間、光ちゃんは、服を色々物色しているようだ。その服の量は、先ほどの店どころではない。

「さーてと、はじめに採寸しちゃおっか」

 次の瞬間には、光ちゃんに剥かれてしまっていた。先ほど楽しんだ白い胸と先にあるポッチ、その先に伸びる脚が俺の目を楽しましてくれる。若干今の俺よりも背の高い光ちゃんが、俺の胸に顔をつけながら、バストを測り始める。後ろに手を回すときに光ちゃんの息遣いが俺の柔肌をすべってこそばゆい。

「・・・」

 オートは相当恥ずかしいみたいで、冷たいメジャーが乳首を押さえ込む光景から目を反らせた。俺は、感触を楽しんだ。

「標準体型ねー。なかなか将来有望よー」

 測定という甘美な時間が終わるとオートはすっかり息遣いが荒くなっていた。

「寒かったかな。じゃあ、さっそくだけど、これにしましょう」

 フリルがたくさんついた服を着たが、普通の服には必要のないパーツがついていた。

「かわいいでしょ。その羽」

 はい、かわいいです。ついていけないかと思ったが、見せられた鏡に映る13、4歳の美少女がはにかむ姿は、相当かわいかった。俺に新たな趣味が生まれそうで怖い・・・。

「はーい、こっち向いてね」
「えっ」

 オートが驚きの声をあげると共にカメラのフラッシュが部屋を照らし出す。

「大丈夫、参考資料にするだけだからね。ほら、もう1枚っと」
「困ります・・・」

 消え入りそうな声だった。光ちゃんには聞こえなかったみたいで、

「さあ、次これね」

 次は、長い袖の代わりに胸の下までしか生地がなかった。お腹が寒い・・・。

「さいこー。民子ちゃん、あなた素質あるよー」

 何の素質なんだろうか。多分、着せ替えられても、文句を言わない素質なんだろう。オートは言われるままに服を着替えていった。
 女の子はいいね。俺なんて、安くて着られればそれでいいし、周りも別に気にしない。今度美奈に服でも買ってやるかな。

「ちょーかわいい。そうだ、お化粧もしちゃおう」

 そう言われた時に来ていたのは、今までの服に比べれば、まだ普通と言える範囲のものだった。奇抜な色でもなければ、飾りもない。大き目のボタンなんかがかわいらしい。

「ちょっと地味なんだけどね、デートにはいいんじゃないかなー」
「デートなんてそんな・・・」

 顔が熱くなる。

「ほーら、下向かないで」

 鏡の中では、幼さの残る顔が化粧によって次第に大人びてくるのが分かる。

「あー、いいわー」

 再び怪しい雰囲気になった光ちゃんが、ピンクの口紅を塗ったばかりの俺の唇に吸い付いていた。

「んんんんっ」

 オートは振り払うという行動も忘れて、すっかり動転していた。手をぱたぱたと振るだけだ。さらには、パニックになりすぎて、体から力が抜けてきた。光ちゃんの舌が入り始めた事にも気づいていないようだ。胸では成長途中の俺の胸がいやらしい手に蹂躙されている。
 時間にすれば1分も続かなかっただろう。しかし、オートにとってはショックだったみたいだ。しかし、目の前の光ちゃんが、さらにショックというような顔をしている。

「あっ・・・。また、やっちゃった・・・」

 そう言うと、へなへなとへたり込んで、うつむいている。

「民子ちゃん、ごめん・・・。そんなつもりじゃなかったんだ。ほんとにごめんなさい」

 オートのとまどいも他所に、光ちゃんは語り始めた。

「民子ちゃんは知らないかもしれないけど、世の中には、女の子も男の子もどっちも好きな人がいるの。私がそれなんだ」

 オートはさきほどの衝撃から立ち直ったのか、深刻そうな光ちゃんを心配げに見つめている。

「好きな男の人ができてね、でも、振られちゃって。その時に慰めてくれた友達がいたの。いっぱい慰めてもらった後にね。その友達のことが好きだってことが分かったの」

 光ちゃんの目から涙がこぼれてくる。

「ついキスしちゃったんだ・・・。でも、友達は、気味悪がっていなくなっちゃった」
「大丈夫です。私、気にしてないから」

 オートはそう言うと光ちゃんの手を握る。しかし、光ちゃんは、バイだったんだな。もしかして、これって、俺に光ちゃんを口説けという神様の贈り物なのか? 光ちゃんがただのお喋りってわけではなく、優しい一面も見れたし、そうかもしれない。
 オートのやさしい心と裏腹に俺の中では打算がうずまいていた。まあ、涙にぬれる女の子なんて見てしまったら仕方ないよな。きっと健司なら同意してくれるだろう。

「ありがとう」

 そう言った光ちゃんは、俺に抱きついた。俺はオートを解いて、聞きたい事を聞いてみようとした。そう、彼氏はないのかと。

「あの光さんは・・・」

 彼氏はいるんですか? とそう続けようとした。

「じゃじゃーん、光ちぁ〜〜ん」

 それを邪魔したのは、見知った顔だった。突然扉が開いて、男が現れた。

「て・・・んん」

 危ないところで口を押さえた。バイト先の居酒屋の店長だった。40代半ばの恐持て店長が鼻の下をのばしきっていた。
 
「ごふぉん」

 赤黒い顔をして現れた店長は面食らっている俺と見つめあって、ばつが悪そうに咳払いをする。

「まーちゃん、はやすぎーお客さん中なのにー」

 俺はバイト中にも全く気づかせなかった二人の仲をしっかり理解しながら、そそくさと退場した。別に修羅場になるような要素もないながら、俺の男心が気まずい思いをしてしまった。服は、うやむやのうちにプレゼントということになっていた。

 

 暇つぶしができたが、それなりの疲労を蓄積した俺は健司の家へと向かっていた。そして、健司に安いチョコを渡しつつ要求した。

「今から撮影会するからな。あと、このチョコの代償は高くつくぞ。100倍返しくらいな」
「えー」

 健司は反対の声をあげた。

「条件がある。1度チョコを下駄箱に入れてくれ」

 健司は今日も馬鹿だった。


 



あとがき
ほぼ一年ぶりに今日はシリーズを復活させました。 

石山