ヘブンズカクテル

黄櫻 作


 疲れを知らない繁華街。その路地裏に、一軒のバーがある。店の名前は『サッフォー』。アルコ−ルと一緒に夢を提供する店だ。


「いらっしゃいませ」
 真面目そうなサラリーマン風の客を、初老のバーテンダー、この店のマスターが迎え入れる。
「おや、今日は客が私だけか」
 店はカウンターに席が五つほど並んだだけの狭いつくりだが、その全てが空席であることは少ない。だが、満席になることもまた少ない。
「他のお客様は、もう酔われてしまいました」
「なら、今日のお勧めは期待できそうだ」
 男はそのやりとりで全てを察する。
「はい。本日の新作カクテルはとても御好評いただきました。お客様もそれになさいますか?」
「どんなのだい?」
 入り口に一番近い席に着きながら、男はうれしそうに訊いた。
「コンセプトは、果実の甘酸っぱさ、でございます。存分に酔っていただけるように恋という名のウォッカをベースにエイジリキュールを控えめに加え、柑橘系の果汁を混ぜたものです。勿論、お客様のお好みに合わせた味付けも可能です」
「ほう、今までとは一味違うね。じゃあ、それを頂こう。いつものあれを加えてもらえるかい?」
「マシュマロエッセンスですな、かしこまりました。でしたら、ホワイティングソルトをグラスにあしらいましょう。口当たりの中にある甘さをご堪能ください」
「ふむ、相変わらず気が効くね。お願いするよ」
 マスターがカクテルを作り始めた。手早くシェイカーに注がれた液体が、マスターのリズミカルなシェイクで極上の一杯に変わっていく。男はその様子を楽しみながら眺めていた。
 用意されていたグラスはスノースタイル。注がれたカクテルは淡いピンク。今宵の夢が詰まった一杯の出来上がりだ。
「タイトルは『エーアストリーベ』でございます。ご賞味くださいませ」
「ああ、いただくよ」
 受け取ったグラスは楽しみがたくさん詰まっている。色合い、香りで酔えてしまうような気さえしてくる。
 グラスに口をつける男。まずソルトの味。次に甘酸っぱさが口の中に広がる。
 ここのカクテルは味わって飲もうとしても、いつもニ、三口で飲み終わってしまう。などと心の中で残念がりながら、気付けば男はその味を楽しみ終わっていた。
「うん、美味しかったよマスター」
「すぐに酔いが回るはずです。準備なさってください」
 マスターに促され、男は席を立った。男の後ろには、入り口とは違う扉。入ってきた時にはなかったはずのものがそこにあった。
「中にお召し物も用意してございます。どうぞ、甘い夢を……」
「いやはや、その気遣いには参るよ。じゃあ、代金はいつもの講座から引き落としておいてくれ」
「かしこまりました」
 男はふらつく足で、扉に吸い込まれるように中へと誘われた。
 扉の中には小さな部屋。置かれたかごの中には、女性用の、いや、少女が身につける下着が一式。
「……っとと、効いてきたみたいだ」
 男は慌てて服を脱ぎだした。上着をフックにかけ、ワイシャツのボタンを外していく。その指は、白く細かった。
 曝け出された胸元は薄くなっており、肩も、ワイシャツと比べるとだいぶ狭い。胸に若干の隆起があるのは、断じて気のせいではない。
 男は下も脱いでいく。括れた腰、ふっくらとした下半身。ズボンが下ろされていくごとに、見える範囲が増えるしなやかな足。
 全ての衣服を脱ぎ去った男は、既に男とは呼べない姿になっていた。どう見ても、十五歳前後の少女の風貌だ。
「ふう……」
 感嘆に似たため息が甘めのソプラノに乗る。少女は用意されていた下着を見につけると、更に開いた扉に手をかけた。
 そこには、少女と同じくらいの年の別の少女が、ベッドの上で自らを慰める姿が。
「あ、はぁ……待ってたよ。どうする?」
「私がお姉さま、あなたが妹がいい」
「わかった……お姉さま、きて……」
 夢が、始まった。

 人目に付かないその店は、一度味わえば忘れられない味の酒を提供してくれる。その酒の名は『夢』であり『禁断』。人によっては、とてつもない甘さを感じ、癖になる味だという。